藤井翔悟コンサルティングFUJII SHOGO CONSULTING
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両利きの経営を中堅企業の予算に落とし込む — 深化と探索の分離設計

既存事業の収益を守りながら新領域を開くには、「深化」と「探索」を別の予算・評価・権限で設計することが前提です。中堅企業が両利きの経営を形骸化させず実装するための判断フレームを経営層向けに解説します。

「既存事業が好調なうちに次の柱を仕込む」——経営者が口にするこの方針が、実行段階になると既存事業の強化投資に予算を吸収されて終わるパターンが繰り返されます。チャールズ・オライリーとマイケル・タッシュマンが提唱した「両利きの経営」は、この構造的問題に対する処方箋です。既存事業の深化(知の深化)と新領域の探索(知の探索)を同一組織で両立させるには、同じ予算管理・評価基準・意思決定の論理を適用してはならない、というのがその核心的な主張です。

「知の深化」とは、現在の強みをより精緻に、より効率的に磨く行為です。コスト削減、品質改善、顧客維持率の向上がその典型で、短期に測定可能な成果を生みます。「知の探索」は、まだ確立されていない領域に投資し、仮説を検証しながら新しい事業モデルや顧客を獲得しようとする行為です。二つの行為が要求するリソースの種類、タイムホライゾン、許容できる失敗の性質は根本的に異なります。問題は、組織が短期成果を求める環境下では、合理的な判断として深化への集中が繰り返され、探索への投資が先送りされ続けること——これを「コンピテンシー・トラップ」と呼びます。気づいたときには既存事業の競争優位が陳腐化し、次の柱も育っていないという状態です。

大企業は探索専門の事業部やCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)を設置し、組織的に分離する手段を持ちます。一方、中堅企業は全社予算が一本化されており、探索案件が四半期の業績レビューで既存事業の論理——ROI・回収期間・前年比——によって評価されます。この評価軸に晒された探索案件はほぼ必ず劣後します。中堅企業における両利きの失敗の多くは、戦略の設計ではなく予算と評価の分離設計の欠如から来ています。「新規事業に取り組む」という宣言だけでは何も変わらず、むしろ既存事業のリソースが新規名目で非効率に使われるリスクが高まります。

予算の分離設計は、比率の問題と保護の問題に分けて考えます。比率については、売上規模や成長ステージによって異なりますが、探索に充てる予算は「失っても既存事業の安定を損なわない水準」で設計します。多くの中堅企業では、全社営業利益の10〜20%を探索に充てることから始め、仮説検証の結果に応じて段階的に拡大するアプローチが現実的です。保護の問題は比率より重要です。探索予算が既存事業の業績悪化時に「余裕資金」として最初に削られる構造では、両利きは機能しません。探索予算を四半期の業績連動から切り離し、年度当初に確保するルールを明文化することが設計の前提条件です。

組織の分離は予算の分離と連動させます。探索チームは既存事業の評価サイクル——月次の売上報告、部門間の工数調整——から物理的・手続き的に切り離す必要があります。報告ラインをCEOまたは指定された役員に直結させ、既存事業部門の会議体には参加させない設計が有効です。一方で、完全な独立は中堅企業では現実的ではなく、既存事業の顧客基盤・ブランド・販売チャネルという強みを探索チームが活用できる接点は意図的に設計します。「分離」と「連携」は対立しません。分離するのは評価とリソース配分の論理であり、戦略的なアセットの共有は積極的に行う、という設計が両利きの実装における核心的なトレードオフです。

評価指標の設計は、深化と探索で根本的に異なるKPIを設定することを意味します。深化側は収益性・顧客維持率・オペレーション効率など既存の財務指標で管理します。探索側に適用すべき指標は、仮説検証の速度(四半期あたりの検証サイクル数)、顧客ヒアリング数、PMF(プロダクト・マーケット・フィット)に向けた進捗です。探索チームに既存事業と同じROI目標を課すことは、探索活動を根拠なく深化活動に見せかける行動を合理的に誘発します。当研究所がヘルスケア経営の現場で繰り返し確認してきたのは、「測定の論理を変えなければ行動の論理は変わらない」という事実です。評価の設計が変わって初めて、現場の意思決定が探索に向きます。

両利きの経営を形骸化させる最も一般的なパターンは、戦略文書には「探索」を謳いながら、予算・評価・権限の設計を変えないまま既存事業のマネジャーに新規事業を「兼務」させることです。この構造では、合理的な行動として既存事業への集中が優先され、探索への実質的なコミットメントは得られません。中堅企業が両利きを実装するとき、最初の経営判断は「誰が探索の責任者で、その人物に何の権限と予算を保護するか」を明確にすることです。この設計が決まった後に、組織構造・評価・採用の設計が続きます。逆順では機能しません。

既存事業の強みを維持しながら、次の事業柱を育てる構造を設計すること——その実装のカギは、予算・評価・権限の分離設計にあります。当研究所では、中堅企業における両利きの経営の実装設計を、経営層ブリーフィング( https://fujii-consulting.jp/contact )を通じてご支援しています。探索への投資をどこから確保し、どう守り、どう評価するかの議論を経営の優先アジェンダとして設定したい方のご相談をお待ちしています。

出典

  1. [1]両利きの経営とは?概要と実践のポイント — グロービス企業研修
  2. [2]Ambidextrous Organization Framework Explained — Umbrex

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