藤井翔悟コンサルティングFUJII SHOGO CONSULTING
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ブルーオーシャン戦略の「減らす・取り除く」を実務で使う — コスト構造を変えずに競争を脱出できない理由

ブルーオーシャン戦略のERRCグリッドは4つの問いで構成されるが、経営の現場で真に難しいのは「取り除く」と「減らす」の二つだ。業界の常識を棄てる決断なしに、新たな市場空間は生まれない。実務での使い方を経営層向けに解説する。

「競合と同じ土俵で戦わない」と言いながら、なぜ戦略は常に競合との比較で終わるのか。W・チャン・キムとレネ・モボルニュが2005年に提唱したブルーオーシャン戦略の核心は、競争のない市場空間を自ら創出することにある。しかしこの戦略が日本企業の現場で機能しない場合、多くのケースで原因は同じ箇所にある。「増やす」と「創造する」の二つのアクションには着手するが、「取り除く」と「減らす」が手つかずのまま残る——このパターンだ。コストを変えずに価値を上乗せしようとする限り、その取り組みは高付加価値戦略の名を借りたコスト増殖にすぎない。

ERRCグリッド(Eliminate・Reduce・Raise・Create)とは、業界が長年競争してきた要素を四つのアクションに仕分けする思考ツールである。「取り除く」は業界の常識として維持されてきた要素を完全に廃止すること、「減らす」は業界標準を大きく下回る水準に抑えること、「増やす」は業界標準を大きく上回る水準に引き上げること、「創造する」は業界がこれまで提供してこなかった要素を新たに生み出すことだ。このグリッドの設計意図は、前の二つ(取り除く・減らす)によるコスト構造の変革と、後の二つ(増やす・創造する)による顧客価値の飛躍を、同時に実現することにある。どちらか一方ではバリューイノベーションは起きない。

「取り除く」の問いが難しい理由は、対象が単なる無駄ではなく、業界が長年「価値がある」と信じてきた要素だからだ。ホスピタリティ業界の事例として知られるシチズンMホテルは、フロントデスクのスタッフ・コンシェルジュ・ポーターを完全に廃止した。これらは従来型ホテルが競争力の一部と見なしてきた要素だが、シチズンMのターゲット顧客であるビジネス移動者にとって、それらの機能はモバイルチェックインの自由を奪う摩擦でしかなかった。廃止の決断によって人件費を業界平均比50%削減し、稼働率90%超を維持している。「業界の常識」と「顧客が本当に価値を感じること」の乖離を数値で可視化できたとき、初めて取り除く意思決定が経営の俎上に乗る。

「減らす」のアクションは「取り除く」より実行されやすいが、多くの場合その削減幅が不十分だ。ワイン業界での事例であるイエローテイルは、製品ラインナップを当初シャルドネとシラーズの2種類のみに絞り、ラベルから専門的な醸造用語を排除し、熟成年数の訴求を大幅に削減した。業界が複雑さをもって高級感と定義してきた領域を、あえて業界標準以下に落とす——その判断によって、ワインを敬遠してきたビール・カクテル愛好者を新たな顧客として取り込んだ。「減らす」判断の核心は、顧客が価値と感じていない要素に使っているコストを特定し、その資源を真に価値ある要素へ再配分することにある。

現場でERRCグリッドを使う際、経営層が直面する最大の壁は「何を取り除くか・減らすか」についての合意形成だ。業界の慣行は長年の投資と関係者の利害が絡み合っているため、廃止・削減の議論は感情的な抵抗を生みやすい。この壁を越えるために有効なのは、顧客の実際の行動データと意思決定の根拠を対で提示することだ。「顧客の何割がその機能を実際に使っているか」「その機能に起因するコストは総コストの何%を占めるか」——これらの数字を経営レビューの場に持ち込むことで、議論は感情論から構造論に移る。私たちは、現場で検証済みのことしか提案しない。ヘルスケア経営の現場でも、提供していた検査項目・診療メニューの整理において同様の壁を経験し、データを軸にした議論の設計が合意形成の鍵だと確認している。

ERRCグリッドをシートとして作成した後に必要なのは、「戦略キャンバス」との照合だ。戦略キャンバスとは、横軸に業界の競争要因を並べ、縦軸にそれぞれの投資・提供水準を折れ線で示したものである。現状の自社と競合の戦略キャンバスを描いてみると、自社の曲線が競合と酷似していることに気づくケースが多い。ERRCグリッドによる四つのアクションを適用した「新しい戦略キャンバス」は、競合との曲線が明確に異なる形——キムとモボルニュが「発散」と呼ぶ状態——を描かなければならない。発散の度合いが低いERRCグリッドは、改善提案の集積であり、ブルーオーシャンへの移行ではない。この照合を怠ると、四つの問いに答えながらも赤い海に留まり続けるという逆説が生まれる。

ブルーオーシャン戦略の実践でもう一つ見落とされがちな点は、「取り除く・減らす」で空いたコスト余力の使途を先に決めることだ。廃止・削減によって生まれた余力を既存の事業維持コストに吸収させてしまうと、コスト構造は変わらず、投資余地も生まれない。理想的な順序は、戦略キャンバスで発散が確認できる「増やす・創造する」の項目を先に定義し、そこに必要なコストを試算した上で、不足分を「取り除く・減らす」の決断で確保することだ。コスト削減が目的になると現場は萎縮するが、「創造したい価値への投資原資を確保するための決断」として語られると、組織の合意は得やすくなる。

ブルーオーシャン戦略は分析ツールではなく、意思決定の枠組みだ。四つのアクションのうち前半二つ(取り除く・減らす)を経営の意思として実行しない限り、後半二つはコストを積み上げるだけの作業になる。当研究所では、業界の競争要因の棚卸しから戦略キャンバスの作成・ERRCグリッドの設計まで、経営層との対話を通じて実行可能な形に落とし込む支援を行っている。事業の競争軸を問い直す議論を始めたい経営層は、経営層ブリーフィング( https://fujii-consulting.jp/contact )よりご相談ください。

出典

  1. [1]W. Chan Kim & Renée Mauborgne『Blue Ocean Strategy: How to Create Uncontested Market Space and Make the Competition Irrelevant』Harvard Business School Press(2005)
  2. [2]Four Actions Framework and ERRC Grid — Blue Ocean Strategy(公式サイト)

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