藤井翔悟コンサルティングFUJII SHOGO CONSULTING
AI経営7分で読める

経営者が生成AIを「自分で触る」ことの戦略的価値 — トップの体験が組織を変える

BCG調査では週8時間以上AIを自ら使うCEOが明確に高い成果を出している。生成AIの戦略判断は「読む」だけでは育たない。経営者が手を動かすことで得られる組織全体への乗数効果を整理する。

BCGが2026年1月に公表した「AI Radar 2026」は、CEO自身がAIの意思決定を担う時代への移行を明確に示した。調査によれば、現在72%のCEOが「自社のAI意思決定の主要な担い手は自分だ」と回答しており、これは前年の約2倍の比率である。AIの推進をCDOやCIOに委任していた前世代の経営モデルから、トップが自ら舵を握る構造への転換が加速している。だが問題は、意思決定権を持つことと、自分でツールを使って考え判断できることとは、全く別の能力だという点にある。「経営者として生成AIを知っている」と「経営者が生成AIを自分で動かして考えている」では、戦略判断の深さに本質的な差が生まれる。

PwCが2026年春に実施した「生成AIに関する実態調査2026(6カ国比較)」によれば、日本では生成AIを活用・推進中の企業割合は87%に達した。しかし同調査では、「生成AIを使いこなせていない人」として「経営層(26.8%)」が挙げられており、意思決定を担う層の実際の習熟度は低い水準にとどまっている。日本の大企業経営者の多くは、部下からレポートやブリーフィングを受け取ってAIを「知る」という形式をとっている。だが生成AIの能力と限界は、使ってみた人間と使っていない人間では理解の解像度が根本的に異なる。報告を聞く経営者と、自分でプロンプトを打ち込んで出力を評価する経営者とでは、判断の前提が違う。

BCGはCEOを「フォロワー(15%)」「プラグマティスト(70%)」「トレイルブレーザー(15%)」の3類型に分類している。トレイルブレーザーと呼ばれる先導型CEOは、週8時間以上を自らのAIスキル習得に充てており、AI予算のうち60%を人材育成・能力開発に向けている(対してプラグマティスト層は27%)。重要なのは、この8時間が「AI研修の受講」ではなく、「実際の経営業務にAIを使って試行錯誤する」時間として使われている点である。戦略会議の準備、競合分析、市場調査、投資判断の前処理——これらの実業務にAIを組み込むことで、ツールの射程と限界を体感として得る。経営者が自ら手を動かすことは、ただの学習ではなく、意思決定の質を直接引き上げる行為である。

生成AIを「自分で触る」最大の効用は、「何をAIに委託し、何を人間が担うべきか」の判断軸が精緻になることにある。AIに任せてよい業務と、人間の判断を残すべき業務の境界線は、ツールを使ってみた者にしか実感として分からない。一度も体験せずに部下から提案を受け取る経営者は、その提案の妥当性を評価するための基準を持てない——これは私たちがヘルスケア経営の現場で繰り返し確認してきた構図と同じである。「術式を読んだことがある」と「実際に手技を経験した」では意思決定の確かさが全く異なるように、生成AIもまた、読む知識と使う知識のギャップが特に大きいテクノロジーである。経営者が直接触れないまま戦略を語ることは、地図を持たずに地形を論じることに近い。

経営者が自らAIを使う行為には、組織への乗数効果がある。フォーブス誌が引用するEYの調査では、経営層がAIを積極的に活用し、自らの試行錯誤(失敗を含む)を開示する文化が組織全体のAI活用を加速させることが示されている。反対に、AI活用が「個人の好奇心で動く担当者に委ねられた状態」——つまりトップが触れない状態——では、成果はチームの孤立した実験にとどまり続ける。BCGの分析によれば、AIを戦略的パートナーとして活用している企業は、そうでない企業と比べて収益成長が1.7倍速い。この差は、ツールの導入費用や技術水準ではなく、経営トップのコミットメントの深さによって大きく左右される。

経営者が生成AIを使い始めるための障壁は、多くの場合「何から始めるか」の設計の問題である。EYが提唱するAIフルエンシーの枠組みは、「ツールセット(何の業務に使うか)」「スキルセット(何を身につけるか)」「マインドセット(どう学ぶか)」の3軸で整理される。経営者に求められるのは、エンジニアと同水準の技術習得ではなく、「実業務の中で週3〜5つのタスクをAIに通してみる」という行動設計である。当研究所がヘルスケア経営の変革支援から得た知見として、経営者が日常業務でAIを使い始めた組織ほど、現場への浸透が速く定着率も高い。トップが自ら動くことは、予算承認や推奨文書よりも、組織文化に対する最も強いシグナルになる。

日本の大企業経営者にとって、生成AIは「知っているが戦略の中核には入れていないもの」から「意思決定の基盤インフラ」へと転換しつつある。PwCの調査が示すように、日本企業の生成AI活用率は87%と高い一方で、経営層の習熟が遅れているという構造的矛盾は依然として解消されていない。BCGが定義するトレイルブレーザー型CEOの行動様式——週8時間以上の個人的AI習熟、AI予算の過半を人材育成に向けること——は、単なるベストプラクティスではなく、次の3〜5年の競争優位を決定する経営行動として位置づけるべきだ。技術は市場に均等に普及するが、それを活かす経営判断の質は均等には配られない。

「経営者が触れる必要はない、成果を評価すればいい」という立場は、生成AIに限っては成立しなくなっている。AIが組織の意思決定インフラに組み込まれつつある今、体験なき評価は判断ではなく追認にすぎない。当研究所では、経営層向けのAI活用ブリーフィングから、実務に組み込んだ体験型エグゼクティブセッションまで、「経営者が自分で使える状態になる」ための設計を支援している。現場で検証した方法論を土台に、机上論ではなく実装できる形で提供することが私たちの一貫した立場である。生成AIの戦略活用について経営層ブリーフィング( https://fujii-consulting.jp/contact )からご相談ください。

出典

  1. [1]BCG「AI Radar 2026: As AI Investments Surge, CEOs Take the Lead」(2026年1月)
  2. [2]BCG「AI for CEOs: Amplifying Time and Judgment at the Top」(2026年)
  3. [3]PwC Japan「生成AIに関する実態調査2026 春 6カ国比較」(2026年)
  4. [4]Forbes「AI Fluency As A Defining Leadership Trait: Lessons For 2026」(2025年12月)

FREE MEMO

経営層向けの実務メモを、メールで受け取る

本文では書ききれなかった実装手順、意思決定の観点、AI活用のチェックポイントを短く届けます。

無料メールを受け取る

EXECUTIVE BRIEFING

この論点を、貴社の経営会議の議題に。

経営層の方向けに、この論点に関する個別ブリーフィング(90分)を実施しています。

ブリーフィングを申し込む