藤井翔悟コンサルティングFUJII SHOGO CONSULTING
変革事例研究7分で読める

消費財メーカーの顧客データ活用とLTV経営への転換 — 流通の壁を越える設計

卸・小売を経由する多段階流通が顧客データへのアクセスを阻んできた。キャッシュレス普及と直接接点の整備が地盤を変えつつある今、消費財メーカーがLTV経営へ転換するための3段階設計を実例とともに解説します。

消費財メーカーには、事業構造に起因する宿命的な弱点があります。製品が消費者に届くまでに卸・小売という中間層を経由する多段階流通モデルでは、誰がどの製品を何度繰り返し買っているかを、メーカー自身が把握できません。POS集計から「何が売れたか」は見えても、「誰が買い続けているか」は見えない。LTV(顧客生涯価値)経営を語る前に、この構造問題をどう乗り越えるかを決めなければ、施策は宙に浮きます。

この地盤が変わり始めた背景に、キャッシュレス決済の急速な普及があります。経済産業省が2026年3月に発表したデータによると、2025年の日本のキャッシュレス決済比率は58.0%(決済額162.7兆円)に達しました。2018年の29.8%からわずか7年で倍増した計算です。消費者がスマートフォンや電子マネーで購入するたびに、ID付きの購買ログが残る。この変化は消費財メーカーにとって、これまで「黒箱」だった消費者行動を直接捕捉する技術的土台が整ってきたことを意味します。

こうした環境変化を先取りしたのが花王の「My Kao」です。2022年に立ち上げたこのデジタルプラットフォームは、ECサイトの機能を持ちつつ、「知る・体験する・買う・創る」という4機能を通じて消費者と双方向でつながる設計になっています。2023年時点で月間160万人のユーザーを獲得し、同社はこの接点を「モノをつくるメーカーから体験を創るメーカーへ」の転換軸と位置づけています。My Kaoの狙いは売上だけではなく、ファーストパーティデータの自社蓄積とLTV向上にあります。背後では「Kao i-Lake」と呼ぶ社内外データ統合基盤が、販売・消費者インサイト・マーケティング施策をつなぎ、意思決定を高速化しています。

LTV経営への転換を設計する場合、私たちは3段階のシーケンスを推奨します。第一段階は「直接接点の確保」です。自社ECサイト、公式アプリ、会員プログラムのいずれかを通じて顧客IDを取得し、購買と行動のデータを自社で蓄積するルートを作ります。既存のリアル流通を補完する形でよく、全面的な小売チャネル撤退は必要ありません。第二段階は「顧客セグメントのLTV試算」です。新規顧客の獲得コストは、既存顧客への追加提案コストの5〜7倍と言われます。まず手元のデータで購入頻度・単価・継続率を分解し、どのセグメントがLTVを支えているか、どこで顧客が離脱しているかを可視化します。第三段階が「介入設計」です。LTVを下げている離脱ポイントに対し、リピート促進メール・パーソナライズ提案・サブスクリプション化など、顧客ごとのCRM施策を重ねていきます。

ここで経営が陥りがちな落とし穴は、顧客データを集めた段階で満足してしまうことです。「データを分析するためのデータを収集する」という循環に入り、事業の意思決定に使われないまま会員数だけが積み上がるケースが少なくありません。LTV経営のKPIは最終的に「1顧客あたり営業利益」です。チャネルコスト・CRMコスト・返品対応コストをすべて含めた実質の採算を、セグメント別に追いかける体制を先に決めておかないと、施策の効果が見えません。

私たちが特に重視するのは、データ活用の「起点」を誤らないことです。消費財においては、全購買接点を一気にデジタル化しようとする全社プロジェクトは肥大化しやすい。私たちの推奨は、最もリピート率の高い既存カテゴリ、あるいは最も顧客離脱が多いカテゴリを一つ選び、そこで直接接点→データ蓄積→介入→効果測定のサイクルを先に回すことです。ヘルスケア経営の現場で0→1フェーズの採算を一つずつ検証してきた私たちの方法論は、「全体を変える前に一領域で数字を出す」という原則に基づいています。現場で検証済みのことしか提案しない。この規律を、消費財の変革にも適用します。

LTV経営への転換は、データ基盤の整備と顧客接点の設計が車の両輪です。どちらか一方だけを先に進めると、もう一方がボトルネックになります。流通構造の中で顧客データをどう確保するか、確保したデータをどのシーケンスで収益に変えるか、自社の現在地を整理したい経営層の方は、経営層ブリーフィング(https://fujii-consulting.jp/contact)からご相談ください。

出典

  1. [1]経済産業省「2025年のキャッシュレス決済比率を算出しました」(2026年3月)報道
  2. [2]花王「顧客と直接つながるデジタルプラットフォーム『My Kao』を運用開始」Biz/Zine(2022年)
  3. [3]メンバーズ「主要消費財メーカー7社に学ぶDX戦略」(2025年)

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