藤井翔悟コンサルティングFUJII SHOGO CONSULTING
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ダイナミック・ケイパビリティ — 競争優位を一時的なものとして更新し続ける組織設計

競争優位は持続するものではなく、更新し続けるものだ。ティースが提唱するダイナミック・ケイパビリティは、感知・捕捉・再構成という3つの能力で組織の自己変革力を設計する。通常の業務能力との違いと、経営判断に落とし込む手順を解説する。

戦略論の世界で長年支配的だったリソースベースドビュー(RBV)は、競争優位の源泉を「他社が模倣困難な資源の保有」に求めた。希少で価値があり容易に複製されない資源を握ることが、持続的競争優位の条件とされた。しかし1990年代以降、市場環境の変化速度が上がるにつれ、この考え方の限界が顕在化し始めた。強固な資源を持っていたはずの企業が、環境変化に乗り遅れて競争力を失うケースが相次いだ。コダックはフィルム技術という圧倒的資源を持ちながら、デジタル化の波に飲み込まれた。RBVは「何を持つか」には答えられても、「どう変わり続けるか」には答えられなかった。

この問いに答えるべく、デイビッド・ティース、ゲイリー・ピサノ、エイミー・シューエンの3名は1997年に「ダイナミック・ケイパビリティ」の概念を提唱した。その定義は「急激に変化する環境に対応するために、内外の能力を統合・構築・再構成する企業の力」である。この論文は経営学の分野で最も引用された研究のひとつとなり、ティースはその後も概念を精緻化し続けた。重要なのは「ダイナミック」という形容詞にある。ケイパビリティそのものではなく、ケイパビリティを更新する能力を問題にしているのだ。通常の業務能力が「現在の仕事を上手くやる力」であるとすれば、ダイナミック・ケイパビリティは「その仕事の定義自体を変える力」と言い換えられる。

ティースはダイナミック・ケイパビリティを3つの要素に分解した。第1が「感知(Sensing)」——環境の変化、機会と脅威を探索し認識する能力だ。市場調査、技術スキャン、顧客との対話、競合動向の分析など、組織が外界を読む仕組みがここに含まれる。第2が「捕捉(Seizing)」——感知した機会を実際の資源配分と行動に結びつける能力だ。有望な機会を認識しても、そこに人・金・時間を投じる意思決定と実行力がなければ機会は機会のままに終わる。第3が「再構成(Reconfiguring)」——既存の資産・組織構造・プロセスを組み替え、新しい状況に適合させる能力だ。これは組織の慣性と戦う作業であり、3つの中で最も経営の介入が必要とされる。

この3要素を理解すると、「なぜ優れた組織が変化に乗り遅れるのか」の構造が見えてくる。感知能力の低い組織は、変化をそもそも認識できない。しかし、感知能力があっても捕捉能力が低い組織では、「変化は見えているが動けない」という状態が続く。そして最も頻繁に見られる失敗は、感知と捕捉はできても再構成できないケースだ。新規事業の芽を見つけ、試験的な投資もするが、組織構造・予算配分・人材評価が既存事業の論理のままで変わらない。その結果、新しい取り組みは既存の仕組みに押しつぶされる。ダイナミック・ケイパビリティの観点では、この状態を「オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)の最適化が、ダイナミック・ケイパビリティの発揮を阻んでいる」と説明する。

実務への落とし込みを考えると、3つの要素はそれぞれ組織設計上の具体的な問いになる。感知については、「経営層が現場や市場の変化シグナルを受け取る仕組みがあるか」が問われる。多くの企業で感知の失敗は、情報の非対称性——現場は変化を感じているが経営に届かない——から生じる。捕捉については、「感知した機会に既存予算サイクルとは別のルートで資源を投じられるか」が設計の焦点になる。年次予算が唯一の意思決定チャネルである組織では、中期的な機会への投資が四半期ごとの損益論理に阻まれる。再構成については、「経営者自身が既存事業の成功パターンから手を離す意思決定をできる構造になっているか」が問われる。

ダイナミック・ケイパビリティの議論でしばしば見落とされるのが、「オーディナリー・ケイパビリティとの両立」の難しさだ。既存事業の効率を上げる通常能力と、事業の前提を変える動的能力は、組織の中でしばしば対立する。短期の効率性を最大化しようとする力学は、試行錯誤や資源の一時的な分散を嫌う。日本企業の多くで「両利きの経営」が掛け声だけに終わる理由のひとつは、動的能力の発揮が通常能力の論理(改善・効率化・コスト管理)と同じ指標で評価されるからだ。ダイナミック・ケイパビリティを組織に根付かせるには、動的な取り組みに適した別の評価軸が必要になる。

当研究所がヘルスケア経営の現場で繰り返し確認してきたのは、「変わり続ける力」は組織の構造と経営者の行動様式の産物であるという事実だ。感知・捕捉・再構成の3能力は、偶然に発揮されるものではなく、意図的に設計し、磨き続けるものだ。特に再構成能力は、過去の成功に経営者自身が縛られていると機能しない。競争優位は一度獲得すれば持続するものではなく、一時的な優位を更新し続けるプロセスそのものが競争力の本体だ、というティースの洞察は、VUCAが言葉として定着した現在、より切実な命題になっている。

自社の組織がダイナミック・ケイパビリティを発揮できているかを診断するとき、当研究所では感知・捕捉・再構成のそれぞれに「その仕組みが制度として存在するか」「実際に機能しているか」「阻害要因は何か」という3軸での評価を行う。この診断は、変革プロジェクトの優先順位付けにも、投資先の選定にも直接接続できる。組織の自己変革力の設計について経営層での議論をお考えであれば、経営層ブリーフィング( https://fujii-consulting.jp/contact )をご活用ください。

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