ミンツバーグの創発戦略 — 計画通りに進まない前提で戦略を組む
「計画は守るもの」という前提を外し、実行の中から生まれる創発的パターンを戦略に還流させる仕組みの設計法を解説する。ミンツバーグの意図した戦略・創発戦略の概念から、不確実な時代の戦略マネジメントの実務設計を経営層向けに示す。
3ヶ年計画の最終年、当初の前提が半分以上は外れていた——という経験を持つ経営者は少なくない。外部環境の変化、競合の動き、組織内部の摩擦。戦略は実行の中で必ず変質する。ヘンリー・ミンツバーグが1985年の論文「Of Strategies, Deliberate and Emergent」で提示した創発戦略の概念は、この現実を出発点に据える。計画とは「こうなるはずだ」という仮説の束であり、経営の問いは「計画を守るか否か」ではなく、「計画から外れた現実をどう戦略に取り込むか」になる、というのがその核心である。
ミンツバーグは戦略を「意図した戦略(Deliberate Strategy)」と「創発戦略(Emergent Strategy)」に分類した。意図した戦略は経営者が事前に設計し実行へ移す計画主導型、創発戦略は現場の試行錯誤や偶発的な成功から事後的に形成されるパターンである。重要なのは、この二項対立は「どちらが正しいか」の議論ではない点だ。実際の企業経営はほとんどの場合、両者が混ざり合った「実現された戦略(Realized Strategy)」として現れる。意図した戦略の一部は実現され、一部は放棄され、そこに創発的な要素が加わる——この動態を正確に認識することが、戦略設計の思想を変える起点となる。
多くの企業が陥る落とし穴は、「計画=戦略」という等号を前提に経営システムを組んでいることだ。中期経営計画は達成すべき目標の束とみなされ、外部環境の変化があっても計画の修正は「失敗の承認」と受け取られる文化が根付く。結果として、現場では既に有望な創発的パターンが芽吹いていても、計画への忠実さを求める組織圧力がそれを摘み取る。ミンツバーグは「計画者は環境を読めるが、現場は環境を生きている」と述べた。戦略のエラーは多くの場合、計画の立案プロセスではなく、実行中に生まれた学習を戦略に還流させる仕組みが存在しないことで発生する。
創発戦略の概念を実務に取り込むとは、「計画を作らない」ことではない。意図した方向性を保ちながら、計画の前提が外れたときに組織が学習し戦略を適応させる仕組みを設計することだ。具体的には三つの論点がある。第一は「前提の明示化」——計画を立てる際に、その計画が成立する外部・内部の仮定を明示し、何が崩れたら計画を見直すかの閾値を事前に決める。第二は「学習のサイクル設計」——四半期ごとに計画の前提と実績を照合し、創発的なパターンが生まれていないかを確認するレビューの場を制度化する。第三は「創発の評価制度」——計画外の試行が成功した場合にも評価される仕組みがなければ、現場は安全なルーティンに戻るだけである。
創発を組織的に扱うには、権限の設計が問いの中心になる。計画どおりに動く組織は、計画の実行権を現場に委ねながら計画の修正権はトップに集中させる傾向がある。この構造では、現場が発見した新しい現実を戦略に反映させるまでに時間がかかりすぎる。当研究所がヘルスケア経営の現場で繰り返し検証してきたのは、「小さな実験を素早く承認し、成果が出たものを組織全体の戦略に昇格させる」仕組みの重要性だ。現場が小さな創発的行動をとれる自律性と、それを戦略として認識し資源を配分するトップの感度——この両方が揃って初めて、創発戦略は機能する。
経営者がこのフレームで最初に問い直すべきは、「わが社の戦略会議は、計画の達成状況を確認する場か、現場からの学習を吸収する場か」という問いである。前者だけであれば、創発的なパターンを戦略に取り込む回路が存在しないことになる。ミンツバーグは1987年のHBR論文「Crafting Strategy」で、戦略家を職人(クラフトマン)に喩えた。職人は素材の性質を感じながら形を変えていく。計画は設計図ではなく意図の表明であり、実行は設計図の忠実な再現ではなく学習のプロセスである——この認識の転換が、不確実な時代の戦略マネジメントを実質的に変える。
一方で、「創発が大事だから計画は形だけでいい」という解釈は誤りである。意図した戦略は、組織が何のために資源を使うかの共通認識を形成し、創発的な試みに方向性を与える。計画が薄いと、現場で生まれる創発的パターンがバラバラの方向に散らばり、組織としての学習が蓄積されない。ミンツバーグが強調したのは「完全な計画主導」でも「完全な創発」でもなく、意図した方向性のもとで創発を許容し、その成果を計画に還流させる動態的なプロセスである。この動態を制度として設計すること——それが現代の不確実な環境における戦略マネジメントの本質的な問いだ。
「中期経営計画の前提が外れ始めているが、修正の判断ができていない」「現場では有望な動きが出ているのに、組織として戦略に反映できていない」——こうした状況は、計画と実行の間に創発を取り込む仕組みが欠けているサインである。当研究所では、ミンツバーグのフレームを含む戦略設計の実務支援を、経営層ブリーフィング( https://fujii-consulting.jp/contact )を通じて提供しています。現場から学習し、戦略を動態的に更新する仕組みを経営の中に組み込みたい経営者のご相談をお待ちしています。
出典
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