自治体・公共セクターのDX — 調達制度の制約下で成果を出す進め方
一般競争入札・仕様確定型の調達制度はアジャイルなDXと本質的に相容れない。成果を出す自治体は制度の中で動ける範囲を先に設計し、実績を積み上げている。制約の構造を読み解き、公共セクターのDXで成果を出すための調達設計と進め方を解説する。
公共セクターのDXが「成果を出しにくい」と言われる理由の多くは、技術の問題ではなく調達制度の構造にあります。一般競争入札を原則とする公共調達は「仕様を先に確定し、最低価格で落札する」という設計になっており、「何を作るかを探索しながら進む」アジャイル型のDXと本質的に相容れません。要件が事前に確定できないシステム開発・サービス設計に対して、確定した仕様書を求める制度を機械的に適用すると、「作ってみたら使えないシステム」が完成し、調達コストも無駄になるという結末を繰り返します。公共セクターのDXで成果を出すには、まずこの制度的矛盾の構造を正確に理解することが出発点です。
調達制度が生む制約は主に三つあります。第一に、仕様確定の問題です。入札公告時点で機能要件・性能要件を文書化しなければならないため、利用者の行動を観察しながら仕様を変えるアジャイル開発は「随意変更」として問題視されます。第二に、価格競争の問題です。一般競争入札では最低価格が優先されるため、技術力・経験・実績を総合評価する機会が生まれにくく、DXの質に直結するパートナー選定が難しくなります。第三に、継続性の問題です。単年度予算と随意契約の制限が組み合わさると、複数年にわたる改善サイクルを設計できず、「PoCで終わり、本番移行できない」という状況が生まれます。これら三つの制約は相互に絡み合っており、どれか一つを解決しても他が残ります。
2025年に入り、制度の側でも変化が起き始めています。2025年3月、地方自治法施行令の一部改正により、少額随意契約の基準額が昭和49年以来約50年ぶりに大幅に引き上げられました。これにより、小規模な実証実験・PoC段階の調達を随意契約で進めやすくなりました。デジタル庁は2025年10月には「アジャイル開発に関する有識者検討会」を設置し、アジャイル型調達のための標準仕様書と契約書テンプレートの整備を進めています。ガバメントクラウドに移行済みのシステム数は2025年2月時点で2,918件に達し、2024年8月時点の671件から半年で4倍超に拡大しました(デジタル庁、2025年)。制度の硬直性は依然残りますが、「制約の中で動ける余地」は着実に広がっています。
成果を出している自治体の共通点は、「調達の制約を嘆く前に、制約の中で動ける範囲を先に設計している」ことです。具体的には、全体像を最初に確定しようとせず、「まず動かせる範囲だけPoCとして予算化し、結果を見て次の調達に反映する」という段階設計をとります。単一の大型システム調達を避け、データ連携基盤・業務プロセス・住民接点という三つのレイヤーに分けて順次調達することで、各フェーズで仕様を具体化できます。この設計は「小さく失敗して学ぶ」というアジャイルの原則と、「仕様を確定してから調達する」という制度の要件の両立を可能にします。調達の単位を分解し、各単位で仕様確定できるスコープに収めることが、制約の中で動く基本戦術です。
プロポーザル方式(公募型企画競争)の活用は、技術力と提案力を評価軸に入れる有力な手段です。一般競争入札と異なり、価格だけでなく実績・方法論・チーム構成を総合評価できるため、DX推進パートナーの選定に適しています。神戸市のアーバンイノベーション神戸のように、スタートアップと共同開発した成果物について、外部審査委員会による妥当性確認を経て随意契約で調達できる仕組みを設ける自治体も増えています。制度に詳しいパートナーを選ぶこと自体が、調達設計の一部です。公共調達の枠組みを「使いこなす」ための設計力が、DX推進担当者と外部パートナーの両方に求められています。
公共セクターのDXで最もコストが高い失敗は、「PoC段階では成功し、本番スケールで制度的に拡張できない」というものです。これを防ぐには、PoC開始時点から「この成果を本番調達に移行する際、どの調達方式・どの予算枠を使うか」を決めておく必要があります。PoC段階で得た実証データは、次の入札仕様書における評価基準の根拠になります。「成果指標を先に定義し、その達成を次フェーズの調達条件にする」という設計が、フェーズ間の断絶を防ぎます。担当課が変わっても知見が引き継がれるよう、実証過程の意思決定ログを残しておくことも、継続的なDXに不可欠な設計要素です。
民間企業が公共セクターのDXに関与する際、「制度の壁があるから成果が出しにくい」と判断して参入を避けることは、機会損失でもあります。公共セクターは人口動態的な課題(職員の減少・住民の高齢化)を最も早く、かつ最も大きな規模で抱えており、DXへの必要性は民間以上です。調達制度の制約を熟知した上で、PoC段階・プロポーザル段階・次期更新タイミングの三つの窓口を使い分ける戦略を持つ企業は、公共市場での存在感を高めています。官民共同のプロジェクトは、民間側にとって「社会実装の実績」を持つ機会でもあり、ヘルスケア・物流・教育などの隣接分野への展開起点になります。
自治体・公共セクターのDXは、調達制度の制約下でも成果を出せます。鍵は「制度を変えようとする前に、今の制度の中で動ける設計をする」という思考順序です。PoC設計、調達単位の分解、プロポーザルの活用、フェーズ間の引き継ぎ設計 — この四つを組み合わせることで、制度的な制約を大きく緩和できます。私たちは、ヘルスケア経営の現場で規制・調達制度・組織の慣性という複合的な制約の中で実装を続けてきた方法論を土台に、公共・準公共セクターの変革支援に展開しています。公共領域のDX推進にあたり、調達設計や推進体制の組み立てを経営として整理したい方は、経営層ブリーフィング(https://fujii-consulting.jp/contact)でご一緒します。
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